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神楽幻想

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まだ八甲田山に残雪が残る5月、私は法霊神楽を取材するために青森県八戸市を訪れた。幸い天気には恵まれたが、それでもやはり北国の5月は、春というにはまだ少し早すぎる感じがした。  私は、午後の早い時間、法霊神楽が行われるおがみ神社にたどり着いた。程なくして法霊神楽は開始されたが、あらたまった開会宣言もなければ挨拶もない、いつの間にか始まっていたという感じである。そして、それから延々夜10時過ぎまで舞は続けられる。鶏舞、番楽、翁舞、権現舞、一斉歯打ち、山ノ神舞、八幡舞、剣舞、杵舞・・・・一応演目とその時間は予定されていた。しかし、それはかなりいい加減なもので、あらかじめ予定されていたスケジュールとは全く関係ないかのように演目は進んでいった。  日も暮れかかった頃、地域のお母さんたちが中心になって、焼きそばやせんべい汁が皆に振る舞われる。もちろん御神酒も出され、しかも全て無料である。せんべい汁は冷え切っていた身体に熱く染み渡り、お囃子の音と身体の中で混じり合う。とっぷりと日も暮れ、かがり火がともされると、出演者の熱はますます高まる。舞台の袖に目を移すと、彼らは御神酒でエネルギーを補給しているようだ。彼らの目には、山の神や海の神が見えているのかも知れない。  夜10時を過ぎ、気分が最高潮に達した頃、最後に注連縄切舞が披露される。法霊神楽の終わりを示すために、しめ縄を切るという舞である。無事、注連縄切舞が終わり、約10時間にわたる法霊神楽が終演になった。

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日本の「わざ」をデジタルで伝える

今、日本の「わざ」は危機的状況にある。日本舞踊や邦楽など伝統芸能の「わざ」、地域に伝わる民族芸能の「わざ」、そして宮大工や旋盤工など職人の「わざ」などなど・・・・。名人と呼ばれる師匠の多くは現在、かなりの高齢になっている。しかし、社会の変化や少子化の影響で、それらの「わざ」を継承しようとしている若者の数は決して多くない。このままでは、その「わざ」自体が消滅してしまう可能性すらある。  一方、テクノロジーの発展にともないコンピュータの性能が飛躍的に上がってきた。コンピュータは、1940年代に誕生してから進化し続け、現在では文章や写真だけでなく動画や3次元のコンピュータグラフィックスも手軽に扱えるようになっている。  最先端のテクノロジーを活用すれば、日本の「わざ」を後世に残すことができるのではないか?  日本の「わざ」をデジタルで伝えようというプロジェクトは、このような「思いつき」から始まった。本書では、私たちがこれまで行ってきたプロジェクトを紹介するとともに、日本の「わざ」をデジタルで伝えることの意義や限界について検討してゆく。  これまでは、気の遠くなるような長い時間を師匠とともに過ごし、その「わざ」を盗むことによって伝承されてきた日本の「わざ」。このような「わざ」というとてもアナログな世界を、私たちは今コンピュータというデジタルの道具を使って表現し伝えようとしている。しかしその時、いくつかの疑問がわいてくる。  日本の「わざ」は、本当にデジタルで表現し伝えることができるのだろうか?   デジタル化することで、何か本質的なものが抜け落ちてしまうのではないか?   「わざ」の何がデジタル化可能で、何が不可能なのか?   もし、デジタル化が可能だとしたならば、そのときのポイントは何か?

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なんとエキサイティングな瞬間なのだろう!

まだ八甲田山に残雪が残る5月、私は法霊神楽を取材するために青森県八戸市を訪れた。幸い天気には恵まれたが、それでもやはり北国の5月は、春というにはまだ少し早すぎる感じがした。  私は、午後の早い時間、法霊神楽が行われるおがみ神社にたどり着いた。程なくして法霊神楽は開始されたが、あらたまった開会宣言もなければ挨拶もない、いつの間にか始まっていたという感じである。そして、それから延々夜10時過ぎまで舞は続けられる。鶏舞、番楽、翁舞、権現舞、一斉歯打ち、山ノ神舞、八幡舞、剣舞、杵舞・・・・一応演目とその時間は予定されていた。しかし、それはかなりいい加減なもので、あらかじめ予定されていたスケジュールとは全く関係ないかのように演目は進んでいった。  日も暮れかかった頃、地域のお母さんたちが中心になって、焼きそばやせんべい汁が皆に振る舞われる。もちろん御神酒も出され、しかも全て無料である。せんべい汁は冷え切っていた身体に熱く染み渡り、お囃子の音と身体の中で混じり合う。とっぷりと日も暮れ、かがり火がともされると、出演者の熱はますます高まる。舞台の袖に目を移すと、彼らは御神酒でエネルギーを補給しているようだ。彼らの目には、山の神や海の神が見えているのかも知れない。  夜10時を過ぎ、気分が最高潮に達した頃、最後に注連縄切舞が披露される。法霊神楽の終わりを示すために、しめ縄を切るという舞である。無事、注連縄切舞が終わり、約10時間にわたる法霊神楽が終演になった。  帰りの普通列車の中で、私は今回の旅を振り返ってみた。 「もし、この経験がデジタルでできたとしたならば、どんな感じなのだろう?」  マウスをクリックすると、コンピュータのディスプレーのなかで、3DCG で作られた人形が権現舞を踊り出す。視点変換のボタンをクリックしてみる。画面が一瞬で変わり、あたかも天井から舞台を見下ろしているような視点で権現舞を見ることができる。きっと、とても詳しく権現舞を知ることができるだろう。そして、このデジタル化された教材を用いて法霊神楽を子どもたちに伝えれば、とても効率的に舞を後世に伝えることができるに違いない。  しかし、どうだろう? あの凍えるような寒さの中で見た山ノ神舞は、デジタルにより収録されている山ノ神舞と同じなのだろうか? せんべい汁をほおばりながら見た剣舞は、3DCG の剣舞と何ら変わらないものだろうか? しかし、どうだろう? あの凍えるような寒さの中で見た山ノ神舞は、デジタルにより収録されている山ノ神舞と同じなのだろうか? せんべい汁をほおばりながら見た剣舞は、3DCG の剣舞と何ら変わらないものだろうか?    近代西洋文明がもたらしたテクノロジーの著しい発展、そしてその最大の発明であるコンピュータが、日本における伝統芸能や民俗芸能の「わざ」を未来に残すために利用されようとしている。日本という地において昔から何百年と受け継がれてきた「わざ」が、コンピュータという最先端のテクノロジーと、まさに今出会おうとしているのである。今後、それらはどのような関係性を築いてゆくのだろうか? 西洋と東洋の出会い、そして何百年という時間をまたいだコラボレーション・・・・なんとエキサイティングな瞬間なのだろう!

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