Keywords

渡部を知るための8つのキーワード

1.学び
私が「教育」を考える場合、人間の「学び」という視点から考える。そして、その「学び」は、その人 間の「知的スタイル」を反映していると考える。 そして、その「知的スタイル」は、その人間が日々生きている「時代」から直接影響を受けていると考える。つまり私は、まさに今現在私たちの目の前にきている「超デジタル時代(デジタルを超えた発 想が必要になる時代)」における「知的スタイル」 を、「学び」を、そして「教育」を探求しようとして いるのである。
2.超デジタル
子どもの頃から「機械」が大好きだった。テレビ、カメラ、ステレオ、テープレコーダ、無線機、そしてコンピュータ。新しいテクノロジーを手にするたび、私はワクワクした気持ちになった。その延長線上に「超デジタ ル」がある。テクノロジーが持つ「機械としての特質」を超えたところにある「人間との関係性」が面白い。 「機械」としてのデジタルではなく、人間側に視点を置いたデジタルの活用。「賛デジタル」でも「反デジタル」でもない「超デジタル」(桂川潤氏書評)。この視点は、人間探求に対する新しいチャレンジなのである。
3.時代
私が生まれたのは昭和32年(1957年)。まさに「高度経済成長期」を生きてきた。様々な新しいテクノロジーにワクワクした時代でもあった。しかし、20世紀末のバブル崩壊。その後のストレス社会。そして、大きな自然災害。このような時代の変化に対し、本当に「研究 (科学)」は正面から向き合っているのだろうか。もし、研究という営為が「 生(なま)もの」だとしたならば、私たちは時代性をもっと重視すべきではないか。まさに今、研究 (科学)は「1000 年に一度の転換期」なのかもしれない。
4.よいかげん
時代は今、「転換」を求めている。明治維新に始まる近代化、つまり進歩、発展、競争、効率という価値観が大きく揺らぎ、新しいパラダイムが求められている。そこで「よいかげん」・ ・・漢字で書けば「好い加減」あるいは「善い加減」。「お風呂 が好い湯加減になった」の「よいかげん」である。正確でないかもしれない。効率的でないかもしれない。進歩や発展という価値観が欠如しているかもしれない。しかし、人として適度な速さ、「心地よい」と身体が感じる環境。そして、正確でも詳細 でもないけれど「本質的に正しい」と思えてしまうような知識、そんな「よいかげん」が今、求められているのだと考えている。
5.フィールド(現場)
私は大学院の修士課程を終えた後、リハビリ病院の失語症に対する言語訓練、そして地方教員養成大学の障害児センターに勤務した。この経験が、私の「フィールド(プロジェクト)を基本とした研究」というスタイルを創っている。一時「科学的でない」ことに悩んだ時期もあったが、科学哲学者クーンの考えを知り、「科学」の枠組みを変えること自体とても大切な研究の視点であるということに気がついた。私は、フィールド(現場)に自分の身体を置く ことによって自然とわき上がってくるアイディアや感触をとても大切にしている。
6.ローカル
私が生まれ育った仙台は、東北地方の小都市である。田舎と都会の中間にあり、この中途半端さが好きでもあり嫌いでもある。 仙台の他には、福岡とオーストラリアのブリスベンに住んだことがある。どちらもそこそこの都市ではあるが、東京やシドニーのような大都市というわけではない。このような経験が、私の「グローバリズムに対する違和感」を生み出しているのかもしれない。「ローカル」には、グローバルには無い「善さ」や「価値」、そして「発想」がある。
7.日本文化
近代西洋文明の行き着いた先が「デジタルテクノロジー」であると気づいてから、私は逆に「日本文化」が気になってしょうがない。 能や文楽などの伝統芸能、神楽などの民俗舞踊、妖怪などの昔話、川端康成や永井荷風などの日本文学、そして岡倉天心や九鬼周造などの日本思想。日本文化は、欧米の「きちんとした知」に対して「よいかげんな知」の魅力を私に気づかせる。好い加減、塩梅、弱さ (フラジャイル)、ゆっくり、侘び寂び、風流、いき・・・これからの「超デジタル時代」では、日本文化の復権が重要になると考えている。
8.「和」の仕事
私がこれまでやってきた仕事は、自閉症教育にロボット開発の考え方を採用すること、不登校児や障害児に関するカウンセリングにコンピュータやインターネットを取り入れて実施すること、そして伝統芸能の継承をモーションキャプチャや3DCGを活用して支援することなど。デジタルの力を最大の武器として、人間の本質的なところを明らかにしたり支援したりしてきた。最近私は、このような仕事は日本に古くから伝わってきた「和」という考え方と共通するものがあることに気づいた。「和」とは、異質なもの同士が調和し共存することを特徴とする思想、文化である。私は、これからも「和」の仕事を続けてゆこうと考えている。

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