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子どもとのインタラクションから学ぶ

子どもたちとロボットのインタラクション(行為のやりとり)を観察しています.この観察データを詳しく分析することで,コミュニケーション能力がどこから来るのか・どのように発達していくのかを理解するための手がかりが得られるはずです.ほとんど社会的な経験をもたない赤ちゃんがどのようにロボットと関わろうとするのか,それは乳幼児期をとおしてどのように変化していくのか,これらを Infanoid や Keepon とのインタラクションを観察・分析することによって解明します.

写真:6カ月児がKeeponを触っている様子 写真:6歳女児がInfanoidに何かを食べさせるフリをする様子
Infanoid とのインタラクション

おもに幼児期(平均約5歳)の子どもたちが,何の予備知識も課題設定も与えられずに,ひとりずつ Infanoid と対面しました.Infanoid の動作は,アイコンタクトとオモチャへの共同注意を行き来する自動運転モードとし,必要に応じて操作者がInfanoid の注意方向(視線・指さしなどの方向)を遠隔制御するようにしました.最初,子どもはひとりで Infanoid と対面し,3〜4分後,養育者に子どものとなりに入ってもらいました.子どもが飽きや疲れを見せるまで,平均30分間ほど,ロボットとのやりとりを楽しんでもらいました.

このインタラクション観察から,子どもたちから Infanoid への自発的な関わりに,つぎのような時間的変化の傾向がみられました.

【第1フェーズ(t=〜3分)】

ひとりで Infanoid と対面した最初の 3〜4分間,子どもたちは Infanoid の眼を凝視したまま緊張します.どのように働きかけるべきかわからず,困惑した様子を見せます.Infanoid の視線がシフトしても眼を凝視したままです.子どもたちは Infanoid を〈動くモノ〉として捉えているようです.

【第2フェーズ(t=3〜10分)】

養育者を安全基地として Infanoid 応答パターンを探索します.Infanoid の眼前でオモチャを動かす・Infanoid の手に触れてみるなど,さまざまに働きかけ,新しい応答を見つけるたびに,養育者への声かけ・社会的参照をみせます.子どもたちは Infanoid を〈知覚するシステム〉として捉えているようです.

【第3フェーズ(t=10分〜)】

オモチャを見せる・手渡すなどして,そのときの Infanoid の感情を読み取ろうとしたり,コトバで質問する(どっちが好き?)・命令する(ギューと握って!)など,Infanoid にも欲求や好き嫌いがあると想定した社会的な関わりを深めていきます.子どもたちは Infanoid を〈心をもったエージェント〉として捉えているようです.

このように子どもたちは,時間経過とともに Infanoid との関わりを,〈モノ〉〈システム〉〈エージェント〉との関係として,ダイナミックにつくりあげていきます.このような変化が,わずか 10分程度のあいだに起きているのには驚かされます.

このインタラクション観察の一部は,川合伸幸さん(名古屋大学)・小杉大輔さん(京都大学;現在 静岡理工科大学)・矢野喜夫さん(京都教育大学)と共同で実施しました.

Keepon とのインタラクション

おもに乳児期(0歳児・1歳児・2歳児)の赤ちゃんたちが,何の予備知識も課題設定もない状況で,ひとりずつ養育者といっしょに Keepon と対面しました.Keepon の動作は,頭の方向や情動表出を操作者が遠隔制御する手動運転モードとしました.操作者は,Keepon が赤ちゃんの顔やオモチャを注視し,赤ちゃんから何らかの働きかけ(アイコンタクトやタッチなど)があったときは,身体を数回伸縮させるなどポジティブな情動表出を行なうようにしました.インタラクション観察は,赤ちゃんが飽きや疲れを見せるまで,平均10分間あまり続きました.

このインタラクション観察から,赤ちゃんたちから Keepon への自発的な関わりに,つぎのような発達的変化の傾向がみられました.

【第1段階(0歳〜)】

Keepon を〈動くモノ〉として扱い,距離をおいて眺めたり(1〜2歳児),手や口をつかってその感触を確かめます(0〜1歳児).困惑や緊張はほどんど見せませんが,Keepon の視線方向にはほとんど注意を向けません.情動表出(とくに身体の伸縮)にはポジティブに反応します.0歳児はこの段階から先には進みません.

【第2段階(1歳〜)】

Keepon を〈知覚するシステム〉として扱います.Keepon への関わり(手で触れる・オモチャを眼前で動かすなど)と,安全基地としての養育者への関わりを行き来するなかで,Keepon の応答パターンを探索していきます.第1段階と比べると,やや距離をおいた関わりが多いようです.1歳児はこの段階までとなります.

【第3段階(2歳〜)】

Keepon を〈心をもったエージェント〉として扱います.オモチャを見せる・コトバや身ぶりであいさつする(こんにちは)だけでなく,Keepon が適切な応答をみせたときには,頭を撫でる(よしよし)といった,社会的・向社会的な関わりを見せるようになります.

このように,0歳児・1歳児・2歳児のあいだで,Keepon への関わりに大きな違い──〈モノ〉〈システム〉〈エージェント〉として──が見られました.

このインタラクション観察の一部は,小杉大輔さん(京都大学・現在 静岡理工科大学)・村井千寿子さん(京都大学・現在 玉川大学)と共同で実施しました.

子どもからみたロボット

このインタラクション観察から,どのような条件で子どもたちがロボットとの関係を(時間経過とともに・発達年齢とともに)変化させていくのかを垣間見ることができます.子どもたちがどのようにロボットを捉え,どのようにロボットとの関係をつくりあげていくのか──そこからコミュニケーションの本質(コア)についてのさまざまな示唆が得られるでしょう.

【ロボットへの存在論的な意味づけ】

最初,子どもたちからみたロボットは〈動くモノ〉にすぎません.しかし,ロボットの視線や情動(Infanoid の表情や Keepon の身体動作)の動きから,子どもたちは自律的な主体(=生命性)をロボットのなかに見るようになります.ロボットも〈私〉と同じように人やオモチャを知覚し,情動的に応答していることを感じとっていくわけです.こうして,それまで〈モノ〉であったロボットは,知覚し応答する〈システム〉へと変化していきます.

つぎに子どもたちは,ロボットの注意や情動が,子ども自身の行為に随伴している(時間的・空間的な関連がある)ことに気づいていきます.ロボットにオモチャを差し出す・ロボットの頭をなでる・ロボットに声をかけるなど,さまざまな行為をロボットに投げかけ,その応答に意味を見つけ・与えていきます.こうして,ロボットと〈私〉のあいだに注意や情動のつながりを感じとっていくことで,子どもからみたロボットは〈心をもったエージェント〉へと変化していきます.

図:意味づけがモノ・システム・エージェントと発展する様子
【コミュニケーションの成立条件】

子どもからみた Infanoid と Keepon は,どちらも〈モノ〉〈システム〉〈エージェント〉と,その存在論的な意味を変えていきます.しかし,Infanoid と対面した子どもたちが,最初つよい緊張や困惑をみせたのに対して,Keepon と対面した子どもたち・赤ちゃんたちは,緊張や困惑をみせることなく,自発的に Keepon とのインタラクションに入っていきました.この違いはどこから来るのでしょうか.

子どもたちは最初,Infanoid の眼・手・口などの動きをバラバラにしか捉えていません.それぞれの身体器管から発せられる情報が豊富な反面,それらの総体(ゲシュタルト)として現われるべき自律性・生命性──ロボットも〈私〉と同じよう世界を知覚し,世界に働きかけていること──が個々の情報に埋もれてしまい,簡単には捉えられないようです.個々の身体器管の動きを注意深く分析し,それらを統合することによって,はじめて子どもたちは ,生物がもつ〈まとまり〉に気づくようになります.一方,Keepon は人間とは大きく異なる身体をもっています.しかし,何かに向けられた注意や情動を表出するだけというシンプルさゆえに,またそのやわらかな肉質感によって,子どもたち・赤ちゃんたちは,ゲシュタルトとしての自律性・生命性を直観できるのでしょう.

図:生物的なKeeponと機械的なInfanoidへの意味づけ経路

このように,異形なロボットに〈私〉との同質性──ロボットも〈私〉と同じように生きているという感覚──を見出すことで,子どもたちはコミュニケーションの地盤をつくりあげていきます.このことは,子どもに限らず,大人にも当てはまります.すべてのコミュニケーションは,このような地盤固め──同質性を確かめる・信じること──から始まるのです.この点をさらに探求することで,人間の社会活動を支える情報通信システムの新しい設計原理を導くことができるでしょう.