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現場から発想し 現場へ還元する

CareBots プロジェクトでは,「現場から発想し,現場に還元する」という研究スタンスを大切にしています.私たち研究者自身が〈現場=フィールド〉に入り,そこでのニーズを汲みとります.そのニーズにあわせて,要素技術=シーズを〈現場〉のなかで育てていきます.そして,その技術を〈現場〉で評価・改良し,最終的に〈現場〉のものにしていくというものです.人間のための科学研究・技術開発は,私たちが生活する〈現場〉からはじまり,その〈現場〉に還元されるべきだと考えています.

図:現場のニーズと技術のシーズの相互作用
療育サポートの試み

私たちの〈現場〉のひとつは,発達に遅れをもつ子どもたちのための療育施設です.そこでは,子どもたち(おもに2〜4歳)とお母さんたち,そして保育士さんたちが,さまざまな自由遊びやグループ遊びをくりひろげます.この多様でダイナミックな,それでいて限りなく日常的な実践のなかで,子どもたちの行為はゆっくりと意味づけられていきます.

【Keepon,プレイルームへ】

この療育施設のプレイルームに,ぬいぐるみロボット Keepon を置かせていただきました.2〜3時間の療育セッションのあいだ,子どもたちは好きなときに Keepon で遊ぶことができます.自由遊びのあいだは,さまざまなオモチャのひとつとして,いつでも Keepon で遊べます.またグループ遊びのあいだ,Keepon は邪魔にならない場所(プレイルームの隅など)に移されますが,グループ活動に飽きや疲れをみせた子どもはいつでも Keepon のところに来ることができます.

写真:療育施設のプレイルームに置かれたKeepon

プレイルームでの Keepon は,高さ約25cmのプラスチック製のカバーに入っています.その中に電池や無線装置などを格納することで,別室にいる操作者がKeepon を手動運転モードで遠隔操作できるようにしました.操作者は,Keepon が子どもの顔やオモチャを注視するように,また子どもから何らかの働きかけ(アイコンタクトやタッチなど)があったときは,ポンポンポンと音を出しながら身体を数回伸縮させるといったポジティブな情動表出を行なうようにしました.

写真:無線版Keeponの外観(厚手の布で覆われている) 写真:無線版Keeponのプラスチック製カバー(布を外した状態) 写真:無線版Keeponの内部(カバーを外すと電池などが見える)
【Keepon からみた子どもたち】

私たちは4年以上にわたって,このプレイルームで Keepon と子どもたちのインタラクションを観察してきました.現在(2008年3月)までに,合計120セッション(800人回)以上のインタラクション観察を実施しました.子どもとロボットのインタラクションを,これだけ長期縦断的に観察した例はほかにないと思われます.

この観察をとおして,子どもたちと Keepon のインタラクションを,Keepon 自身の眼から捉えることができました.Keepon という第1人称的な視点,つまり〈私〉の視点から,子どもたちと関わり,子どもたちの表情・しぐさ・声やコトバなどを記録・分析することができたのです.この〈私〉とは,実際には Keepon の〈操作者〉の主観になるのですが,Keepon というシンプルな身体をとおした子どもたちへの関わり(ロボットの動作)はすべて記録され,再現可能になっています.つまり Keepon は,子どもとやりとりする〈私〉という〈主観性〉と,それを誰でも追体験できる〈客観性〉,これら2つをあわせもった〈メディア〉であるといえます.

写真:Keeponの眼から見た映像(2歳児が右手で触ってくる) 写真:Keeponの眼から見た映像(2歳児が左手で頭を撫でる)
Keepon の眼からみた子ども
(情報通信研究機構での予備観察から)

Keepon からみた子どもたちは,Keepon への関わりをさまざまな形で見せてくれました.ときには,他人に(お母さんにも)あまり見せたことのない表情や,Keepon に帽子をかぶせてあげる・食べ物をたべさせる(フリをする)といった援助的な行為を,子どもたちは見せてくれました.プライバシー保護のため個々の事例をここで述べることは差し控えますが,全体として以下の点が示唆されています.

現在,Keepon からみた子どもたちひとり一人の〈物語〉を,療育施設での保育サービスやご家庭での子育てに役立てていただけるように,お母さんや保育士さんにフィードバックすることを進めています.

現場から見えてきたもの
【ヒトでもオモチャでもない存在】

ロボットの〈形態〉が異なれば,人間からロボットへの意味づけのしかたも変わってくることを『インタラクション / 子どもからみたロボット / コミュニケーションの成立条件』で述べました.同じことがロボットの〈機能〉にも当てはまります.ロボットが何を知覚できるのか・どのように応答するのかによって,人間からロボットへの意味づけが変わってきます.たとえば,電動オモチャのような周期的な単純動作から,周りの物理的な状況(人やオモチャの位置など)を反映した動作,さらには人間との注意や情動のやりとりといった社会的・関係的な動作まで,さまざまな複雑さが考えられます.この複雑さとは,つまるところ,ロボットの動作を予測・説明することがどれだけ難しいか,どれだけ周囲の状況に依存しているかということです.

図:形態の複雑さ(縦)と機能の複雑さ(横)のデザイン空間

ロボットの〈機能〉は,ソフトウェア(自動運転モードのとき)あるいは操作者(手動運転モードのとき)によって制御されるため,その複雑さを自由にコントロールすることができます.周期的な単純動作から物理的な状況を反映した動作,さらには(まだ技術的に未熟ですが)社会的な状況を反映した動作まで,さまざまな複雑さをロボットの応答系に与えることができます.ならば,ひとり一人の子どもに合わせて,適切な複雑さをもったロボットを実現できるはずです.ロボットの応答がある程度予測できるものであれば,子どもはリラックスしてロボットとのインタラクションを楽しみ,コミュニケーション実践を積み重ねていくことができるでしょう.また,応答の状況依存性を加減することで,それぞれの子どもに合った〈発達の最近接領域〉を提供することもできるでしょう.

【センス=オブ=ワンダー】

応答パターンが適度な複雑さをもつとき,ロボットは子どもに大きな〈存在感〉を感じさせます.ロボットは子どもの注意を引きつけ,さまざまな形での働きかけを子どもから引きだします.子どもは好奇心と安心感をもって,ロボットとの一対一のやりとりを実践していき,そのなかでロボットの応答パターンに意味を見出し・与えていきます.その道すじが十人十色であることは上に述べたとおりですが,子どもが自発的に(あるいは緩やかな援助のもとで)ロボットとの関係をつくりあげていくことは重要です.

図:ロボットと子どもの2項的な(1対1の)やりとり

また,ロボットのもつ〈存在感〉は,ロボットと他者がやりとりする光景に,子どもの注意を引きつけます.他者(お母さん・保育士さん・ほかの子ども)がどのようにロボットに働きかけ,どのような応答をロボットから引きだすのか,これらを子どもは好奇心と安心感をもって観察するのです.Keepon のように〈形態〉と〈機能〉がシンプルであれば,他者とロボットのやりとりは,観察者(子ども)から見ても理解しやすいものになるでしょう.とくにロボットが新奇な応答をしたときは,その不思議さ・楽しさが観察者にも伝わってくるはずです.

図:ロボットと他者の2項的なやりとりを観察する様子

この〈存在感〉を使って,対人コミュニケーションを苦手とする子どもたちに,他者と心をかよわせる機会を与えることができそうです.子どもたちはロボットとの一対一のやりとりを楽しみ,そして他者とロボットの一対一のやりとりを観察することができます.これら2つから共通した不思議さ・楽しさ──思わず声を出したくなるような〈ワンダー〉──を感じとるなかで,自分の〈ワンダー〉と他者の〈ワンダー〉のあいだの〈つながり〉に気づき,ロボットを共通話題とした3項的な──自分・相手・話題を相互につなげる──コミュニケーションへと発展するかもしれません.ロボットは,さまざまな子どもたちの〈センス=オブ=ワンダー〉を刺激するポテンシャルをもっているのでしょう.

図:他者のワンダーと自分のワンダーがつながる様子